「なんで父さんは、何もしないんだろう」
子供の頃からずっと、そう思っていました。パチンコ、タバコ、お酒——父のお金はそこにしか消えない。家の固定費も、生活費も、修繕費も、全部母が払っていた。文句を言えば癇癪。機嫌が悪ければ態度に出る。
母が亡くなって、その全てを引き継いで、初めてわかりました。
母は、家族という名の重さを、一人で背負い続けていた。
この記事は、婿養子として家に入った父と、それを甘やかし続けた結果起きたことの記録です。同じような家庭環境の中で介護や相続に直面している方へ、私の経験を届けます。
「来てもらった」という負い目が、すべての始まりだった
父は婿養子として、母の実家に入りました。祖父・祖母にとっては「来てもらった」立場。その負い目が、最初から家族の歯車を狂わせていたのだと思います。
機嫌が悪くなれば、場の空気が一変する。だから誰もが機嫌を取るようになった。そしてその構造が、父を少しずつ変えていった。
お金を入れなくても、誰も強く言えない。家事をしなくても、誰も責められない。そのうち父は、家族に対して一切の責任を果たさないことが「普通」になっていきました。
父がお金を入れなかった20年間
固定費、生活費、子どもたちの学費、実家の修繕費——本来であれば夫が担うべきお金を、母は看護師として夜勤をしながら、すべて一人で払い続けていました。
それでいて父は、パチンコとタバコと酒にはお金を使う。孫が生まれれば、おもちゃを買いに行く。でも家にはびた一文入れない。
「お金のことを言うと、すぐ癇癪を起こす」
だから母は黙った。黙って払い続けた。それが何十年も続きました。
祖父と父の不仲——誰も口に出せなかった亀裂
もともと祖父と父は、仲が良くありませんでした。
甘やかした結果として生まれた父の態度は、祖父の目には「この家をなめている」と映っていたのかもしれません。でも祖父も強くは言えない。「来てもらった」のは自分たちだから。
その不満は、家の中にずっとくすぶり続けました。誰も口に出さないまま、空気だけがギスギスしていく。子供の頃の私には、それがひどく息苦しかった。
母が亡くなって、私が「父の機嫌取り」を引き継いだ
母が亡くなった後、父の世話は自然と私に回ってきました。
服の用意、食事の段取り、そして機嫌取り。「洗濯機が壊れた」と連絡が来て確認してみると、壊れていない。ただの愚痴の入り口でした。深夜に帰宅しても、延々と続く不満の独白。
感謝の言葉は、一度もありません。
母はこれを、何十年もやってきた。夜勤明けでも、体が限界でも、黙って。その事実が、今でも胸に重くのしかかります。
この状況から学んだ「お金と家族の本質」
この家庭環境を通して、私はひとつの真実を学びました。
お金の問題は、家族関係の問題である。
お金を入れない父の問題は、お金だけの話ではありませんでした。「機嫌を取り続けた」という関係性の歪みが、長年かけて家族全体をむしばんでいた。
相続で兄弟が揉める家庭も、介護の負担が特定の人に集中する家庭も、根っこには必ずこういう「見えない歪み」があります。お金の話を避け続けた結果、誰かが全部抱え込む構造ができあがる。
同じ状況にいる方へ——「正しく怒っていい」
機能不全な家族の中で介護や相続を担っている方に、一つだけ伝えたいことがあります。
あなたが感じている理不尽さは、本物です。
「家族だから仕方ない」「自分が我慢すれば丸く収まる」——そう言い聞かせて限界まで抱え込む前に、現実を直視してください。
- 負担が偏っているなら、仕組みで解決する(ケアマネ・行政サービスを使う)
- お金を入れない家族がいるなら、支出を記録して「見える化」する
- 感情が限界なら、専門家(FP・カウンセラー)に相談する
私が資産運用やお金の勉強を続けているのは、「お金があれば、選択肢が増える」からです。施設を使うかどうかも、誰かに頼るかどうかも、お金がなければ選べない。
母のように、全部を一人で抱え込まなくていい。そのための「お金の力」を、私はこのブログで伝え続けます。
まとめ
- 「来てもらった」という負い目が、家族の歪みの始まりになることがある
- 機嫌を取り続けた結果、責任を果たさないことが「普通」になっていく
- その歪みのしわ寄せは、最も責任感の強い人(多くの場合、母親)に集中する
- 相続・介護の問題の根底には、長年の家族関係の歪みがある
- 現実を直視し、仕組みとお金で対処することが、自分を守る唯一の方法
「お金が守るもの」——それは家だけではなく、誰かの「限界」を超えさせないことでもあります。