介護する側が崩れてはいけない——自分の家計を守りながら介護を続けるために
「おんぶに抱っこだと、双方が崩れる」
これは介護を経験して、自分の中に残った言葉だ。介護される側が介護する側に全依存する。介護する側が自分の家計を犠牲にして支え続ける。そういう構造になったとき、最終的にはどちらも持たない。
訪問リハビリの現場でも、同じ場面を何度も見てきた。家族の介護のために仕事を辞め、貯金を切り崩し、気づけば自分が追い詰められている。「親のため」という気持ちが、最終的に親の介護環境まで壊してしまう皮肉。
介護する側が崩れてはいけない。これは冷たい言葉ではなく、介護を長く続けるための、一番リアルな条件だ。
「自分の家計が成り立つこと」が介護の前提条件
介護が始まると、出費が増える。交通費、日用品の立替、仕事を休む日数の増加。「大した額じゃない」と思っていても、月3〜5万円の追加支出が1年続けば36〜60万円だ。
私が介護に関わり始めて最初に決めたことは、「自分の収支を絶対に黒字に保つ」というルールだった。これは親への冷たさではない。自分が経済的に安定していなければ、1年後・3年後の介護を続けられないという現実を、数字で直視した結果だ。
まず整理すること——口座・カード・ポイントカード
介護が始まる前にやっておくべきことがある。「整理」だ。
- 口座の数を減らす(使っていない口座を解約。管理できる数だけに絞る)
- クレジットカードの数を減らす(メイン1〜2枚に集約。明細管理をシンプルに)
- ポイントカードの数を減らす(使っていないポイントは「貯めているようで消えている」)
- サブスクを見直す(使っていないサービスが毎月引き落とされていないか確認)
なぜ整理が必要か。介護が始まると「自分のこと」を考える余裕が急激に減る。その状態で家計が複雑になっていると、どこから何が引き落とされているかすら把握できなくなる。整理は「元気なうちにしかできない作業」だ。
収入より支出が多い状態では、介護は成立しない
当たり前のことを書く。収入より支出が多い状態が続くと、家計は必ず破綻する。
介護がある生活では、この「当たり前」が崩れやすい。親のためなら少々赤字でも、という気持ちが積み重なる。介護のために転職・減収を選ぶ。交通費・日用品・立替が増える。自分の投資・貯蓄を止める。
一つひとつは小さく見えても、複合するとあっという間に家計が傾く。傾いたとき、精神的な余裕も同時に失われる。余裕がなくなった介護は、虐待リスクすら生む——訪問リハビリの現場で、そのギリギリの家族を何度も見てきた。
| やってはいけないこと | なぜか |
|---|---|
| 介護のために仕事を辞める | 収入源を失うと長期の介護が不可能になる |
| 立替払いを精算しないまま続ける | 自分の資産が気づかないうちに減り続ける |
| 自分の投資・貯蓄を止める | 老後に自分が「介護される側」になる資産が消える |
| 親に依存される構造を放置する | おんぶに抱っこは双方が崩れる原因になる |
自分の資産運用を「介護期間中も」続けた理由
私は介護に関わっている期間も、NISAの積立を止めなかった。月の積立額は変えなかった。「介護があるから投資は後回し」という発想を持たなかった。
理由はシンプルで、自分の老後の介護費用を、自分で準備し続けなければならないからだ。親の介護を経験したことで、「お金がないと選択肢がなくなる」という現実を肌で知った。施設の選択肢、在宅ケアの質、緊急時の対応——すべてがお金で決まる場面がある。
親の介護をしながら、同時に自分の将来の準備をする。これは薄情なことではなく、むしろ次世代に「おんぶに抱っこ」させないための、一番の親孝行だと思っている。
「崩れない介護」をつくる3つの原則
- 介護費用は親の資産から出す(子世代の家計に手をつけない構造をつくる)
- 自分の収支は絶対に黒字を守る(赤字が続く介護は長続きしない)
- 投資・貯蓄を止めない(自分の老後準備を介護期間中も続ける)
おんぶに抱っこだと、双方が崩れる。介護は長距離走だ。走り切るための体力を、自分自身が持ち続けること。それが一番の介護だと、現場と自分の経験から確信している。